2018年3月11日 (日)

震災についての、とある文章



蠟燭の光にて/正宗白鳥



 震災後間もなく、私は町の鳥屋へ鶟肉を買いに行った。混雑の場合で、商売は一時中止されていたのであったが鶏は二三羽飼われていたので、私の望みによって、主人はそのうちの一羽をつぶして呉れることになった。撰ばれた一羽は主人に摑ると、自己の運命を予知したように、何とも云えない悲しげな声を出して身悶えをした。主人は鶏を逆さまにして両足を藁で縛って、かねて備えられている杙(クイ)の鉤に引掛けるが早いか、鋭利な小刀(ナイフ)でその鳥の喉を突き差した。鮮血はタラ/\としたたった。主人は巧みに羽をむしって毛焼きをしながら平然としていたが隣人が店頭へ寄って震災の話をしかけると、恐怖を顔に現して、家々の破壊や圧死者について噂をした。
 私は慈悲の心に富んだ者が、肉食を禁じようとするのは自然であると思った。平気で鶏を殺している主人の顔を見ていると、好感を寄せられなかった。しかし、私は、暫らく食料の欠乏を感じていた際だったので、滋味に富んだその肉片を、昼餐の副食物(オカズ)としてうまく食べた。時候が涼しくなった時に鳥の肉や牛の肉が香のいい松茸などと一しょに、ジリジリと鍋に煮えるのを見ていると、夏のうちに衰えていた食慾が一時に回復するように、以酌よく感じたことがあったが、我々は一日長く生きるためには、一日だけ多く他の生物を犠牲にしなければならないのである。美食は人生の幸福の重なる一つに違いないが、美食したいためには、他の生物に対する残虐を敢えてしなければならない。
 我々人類は一方では、他の生物に対して強者として我威を揮っているかわりに、一方では地震だの火事だのと、さまざまな不慮の災厄によって苦しまなければならない。苦労の多い世の中に子を生み孫を生みつけるのは、残酷なことのように思われるが、しかし、人類の無思慮な繁殖慾は暴烈なものである。もっと激しい地震などの大災厄が湧いて来ればとに角、当分は人は殖えるばかりらしい。災厄に面した際には、これが世が末だと思っても、少し日数が立つと、太平楽を唱えて元気のいい所を見せるのは、文学者ばかりではないのである。我々は鳥屋の鶏のようにやがて雑作なく絞殺されるか圧し潰されるか知らない運を持っていながら、不断はそれを忘れて強そうな口を利いているのである。

 私は、関東には四五人の肉身縁者が住んでいるのだから、今度はそのうちの誰れかが死んだであろうと気に掛けていたが、あとで一人の怪我人もなかったことを知ると、人間の容易に死なないのを不思議に思った。東京の大破滅を聞いた時には、出版業も当分は中止となって我々文筆の士は路頭に迷うだろうと私は想像していたが、その想像も外れたらしい。小さんや左団次がこの機会に隠退すると、新聞で読んだ時には、この二氏に対して、従来感じなかった懐しさを覚えたのであったが、あとで左団次が他に先んじて京都で興行するという記事を読んで、私の懐しい空想は破れてしまった。そういう私も、雑誌が滅亡しないとするとまた何かコツ/\書きつづけるであろう。方丈記の心読されるのもその当座だけである。

 震災の話は聞き飽いた。遭難者の感想も聞き飽いた。ある博士が、俗謡に予め今度の災厄が唄われていたと生真面目で説いたり、二三の文士が、資本主義跋扈(バッコ)のために地震が起ったような口吻を弄したりしているのを読むと文章家の頭脳の働きもいい加減なもののように感ぜられる。

 私は破壊された家の中で、退屈凌ぎに、土埃で汚れた書冊を手あたり次第に引き出して読んだ。裸蠟燭の光で古書新書を読むと、今の境涯に相応しい、以前読んだ時の気持とはちがった気持で読まれた。『老子』を久し振りで読んだが、非常に空疎な感じがした。宇宙に一つの道がある、大道が存するということを彼れは本当に信じていたのであろうか。天といい神といい仏といいこの老子の謂うところの道と畢竟(ヒッキョウ)同じ者なのであろうが、そういう、人間が依って以って安んじられるような者が何処にあるのだろう?
「奢る者久しからず。」と壁に落書したものがあったら信長か秀吉かが「奢らざるも久しからず。」と、添削したと、私は聞いているが、大道に従うも亡ぶべく、従わざるも亡ぶように思われる。古の聖人や予言者等の説法は、意味深遠らしいが、その実世を治めるための方便じゃないかと私には疑われる。老子の教えにしたところで、孔子などと同じく、治者のために説かれたものらしい。近代の道徳が資本主義の基礎に立てられたものならば、古聖人の道徳はみんな王侯のために案出されているのであろう。
 これに反して、人生の憂苦を歎じた支那人の詩や、老若男女の生存の悲喜哀歓を描いた欧洲近代の文学は、直ちに我々の胸裡に響くのである「蝸牛角上争何事、石火光中寄此身、随富随貧且歓楽、不開口笑是痴人」瞬間の生存に、楽みがあるのなら、楽んだらよさそうに思われる。私は、崩壊した壁土に埋められた書冊の中から、ふと縮刷本の『八笑人』を見出したので老眼を凝らして蠟燭の光でその細字を読みだしたが、ひどく面白くなって、ついに全部読み終った。老子をはじめわが貧しき書架の真面目くさった書籍は低級なる戯作者滝亭鯉丈によって嘲られているような気がした。「不開口笑是痴人」と、左次郎やアバ公が云っていそうな気がした。

 先日(コナイダ)二度目の暴風雨に虐められた翌日、老いたる郵便配達が、「こんな時節には今日は今日で送るんですよ/\。」と、窓の側で私に向って、しみじみした調子で云った。私は聖人の訓戒の如くに耳に留めたが、しかし、それはこんな時節に限ったことではない。私は八笑人中の諸子の如き態度を持して、この破壊した家に起臥し、東都の焼跡を見、石火光中の短生涯を過ごすことは出来ないのであろうか。

 鶏の絞められるのを見て肉食を恐れたり、災厄に会って今更らしく無常を感じて、道徳によって世の無常が消え失せるように思ったりするのは、左次郎や出目助には滑稽に見えるに違いない。

(「週刊朝日」大正十一年一〇月)

2017年10月 8日 (日)

イングルヌック第三号 通販のお知らせ

新城理(あらき・さと)とともに、イングルヌック第3号の通販を開始いたしました。

英国・脱毛・事務・葬式!短編4作の詰め合わせです。

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目 次
歯車と綿ぼこり/新城理
ミドルエイジ/猿川西瓜
アドミニストレーション/猿川西瓜
カスタード色の反抗/新城理

サイズB6、64ページ、価格600円です。
ご注文の際、氏名、住所をご記入ください。
お振込先を添えて発送いたします。(送料無料)

ご注文はこちら

2017年4月27日 (木)

イングルヌック第三号in文学フリマ東京

新城理(あらき・さと)とともに、イングルヌックという冊子を
文学フリマ東京にて発売いたします。
英国・脱毛・事務・葬式!
リズムよくカオスなワードが並ぶ一冊。
サイズB6、64ページ、価格600円です。
待ってるよ!


目 次
歯車と綿ぼこり/新城理
ミドルエイジ/猿川西瓜
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2017年1月22日 (日)

イングルヌック第二号 通販のお知らせ

新城理(あらき・さと)とともに、イングルヌック第二号の通販を開始いたしました。

イギリスからデジタル・アーカイブまで、短編・エッセイ7作の詰め合わせです。

目 次
ごちそうさま/新城理
黄金と黄泉/猿川西瓜
ホテル・グローセスの幽霊/新城理
インデックス/猿川西瓜
あの世から片想い/新城理
エッセイ お昼に/猿川西瓜
演奏/新城理

サイズB6、86ページ、価格700円です。
ご注文の際、氏名、住所をご記入ください。
お振込先を添えて発送いたします。(送料無料)
ご注文はこちら

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2017年1月14日 (土)

イングルヌック第二号 in 文学フリマ京都

新城理(あらき・さと)とともに、イングルヌックという冊子を
文学フリマ京都にて発売いたします。
販売は、あるかいどブースです。
イギリスからデジタル・アーカイブまで、短編・エッセイ7作の詰め合わせです。

目 次
ごちそうさま/新城理
黄金と黄泉/猿川西瓜
ホテル・グローセスの幽霊/新城理
インデックス/猿川西瓜
あの世から片想い/新城理
エッセイ お昼に/猿川西瓜
演奏/新城理

サイズB6、86ページ、価格600円です。
ブースにてセットで買ってくれたりしたら割引もするよ!
死ぬほど待ってるよ!

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2016年11月21日 (月)

イングルヌック第二号 in 文学フリマ東京

新城理(あらき・さと)とともに、イングルヌックという冊子を
文学フリマ東京にて発売いたします。
販売は、大坂文庫ブースです。
イギリスからデジタル・アーカイブまで、短編・エッセイ7作の詰め合わせです。

目 次
ごちそうさま/新城理
黄金と黄泉/猿川西瓜
ホテル・グローセスの幽霊/新城理
インデックス/猿川西瓜
あの世から片想い/新城理
エッセイ お昼に/猿川西瓜
演奏/新城理

サイズB6、86ページ、価格600円です。
ブースにてセットで買ってくれたりしたら割引もするよ!

Tirasi

死ぬほど待ってるよ!

2016年10月16日 (日)

同人読 9

嘘つきコルニクス/嘘つきコルニクス編集委員会

 わたしも参加したアンソロジーです。価格は1500円します。
 これから、文学フリマ福岡や東京や京都で売られることだろうと思います。
 この本は、強い思い入れがあります。特に、編集者が「この本を出す」という宿命と
「この本を出したらだめだ」という運命と、二つの流れの中にたって、バランスを失わなかったことが大きかったと思います。
 その姿を見ていて、わたしは「絶対にこの作品を完成させる」と強く思いました。
 最後の校正作業時にかけていた曲は、クロスチャンネルのオープニング曲でした。

「発話の国 廻転する、」荻原永璃氏は、演劇のテキスト風でしたが、詩として読んでいました。リズムがあって、地点の『Kappa/或小説』を思い出しました。それからだんだんと、役者の声が聞こえてきました。舞台が見えました。読み返すつもりでなく、言葉の読む速度のまま、聞こえる速度のまま、振り返らずに読み進める文章でした。「ホーンテッド・ストーリーテラー」青波零也氏、エンタメ小説でした。幽霊と推理と嘘の組み合わせ。この人、どれほどスキンヘッドが好きなのだろう。わたしもモンドリアンの絵が好きです。ジャスパージョーンズが好きです。フェチではなく、なんだかもう、身体の内部になっているようです。スキンヘッド&少女のコンビに、とてつもない愛を感じました。「空中回廊」添嶋譲氏、優しい人だ……。いじめる側も、いじめられる側も、SNSの見えない空気に踊らされている。SFで、こういう組み合わせって珍しいと思う。年上の男と、男の子。この子に対する眼差しがとても共感できるし、おさえられているし、こういういじめが実際にあるんだろうなあと、そして、SNSがあるからこそ、年が離れていても友達ができる、先輩後輩でもない学びがあることも指示されていて良いです。「イリカ註釈」三糸ひかり氏、こういうの大好きです。なんというか、読者としては、なんの世界の註釈であるのか、解説であるのか、さっぱりわからないのだけれども、わからないなりに、説明と会話が展開されていく。置いてきぼりすぎるがゆえに、読者が読みたくなるバランスを取っている作品だと思います。キャラクターへの興味、ストーリーへの興味、ではなく、註釈の先への興味でもって読ませる物語です。「翠緑の鏡」霜月ミツカ氏は、重たい話です。そして、みどりについて……。もう、わたしは、みどり愉快犯説を出したいですね。ただのいじめというか。いやーこれは熱い議論になります。果たしてみどりはそんなにも好きだったのか。実は裏でいろんな男とめっちゃ恋愛していて、翡翠でストレス解消していた? そんなわけはないか……なんかものすごくみどりを疑ってしまう。嘘の味の濃い、激論小説です。「方向變換」山本清風氏。クラウドの使い方がとても良いです。なんだよクラウドってって実は女であるわたしも思いました。クラウド? は? みたいな。生理用品を整理しながら、上司に対して、クラウドってってアタシは思いました。IoTって!! どこでもコンピュータでいいじゃん。最初そうだったんだから。ユビキタスってユビキタス大和が検索ひっかかってややこしいんだよ。アタシはいつも思う。ん? 既婚者だろうが、LGBTだろうが、好きである気持ちが大事。奥さんなんか関係ない。自分、自分。あー無人島いきたーい! あーテトラポッドのぼるみたいー! 「あとがき」山川夜高氏は、もうこれあとがきというか、評論というか、私小説というか、あらゆるものが混然一体となった、まさにこの本を体現している文章でもって書かれたものでした。個人的に一番好きな言葉は「児童文学研究会はヤリサー」です。これは、「あーほんとかも」と思えます。詳しくお話をお聞きしたい。わたしの持っている持ちネタは「演劇部は水商売しすぎ」です。どうぞ使ってください……! 中村愛子氏の装丁画は素敵です。この絵についても詳しく聞きたい……。絵の真ん中に光っている部分があるのだけれども、湖面には映っていないんですよね。嘘をテーマに、どのような想いで描かれたのか。少なくとも、わたしの描いた「聖母」は絶対インスピレーションを与えてないと断言できます。むしろ与えなくてよかった……美しい絵で良かった……。

http://lying-cornix.jimdo.com/

もう一度書きますが、嘘つきコルニクスの本は、文学フリマ福岡・東京・京都と展開していく予定です。

2016年6月11日 (土)

イングルヌック第二号 in 文学フリマ金沢

新城理(あらき・さと)とともに、イングルヌックという冊子を
文学フリマ金沢にて発売いたします。
イギリスからデジタル・アーカイブまで、短編・エッセイ7作の詰め合わせです。

目 次
ごちそうさま/新城理
黄金と黄泉/猿川西瓜
ホテル・グローセスの幽霊/新城理
インデックス/猿川西瓜
あの世から片想い/新城理
エッセイ お昼に/猿川西瓜
演奏/新城理

サイズB6、86ページ、価格600円です。
待ってるよ!


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2016年3月 1日 (火)

カクヨムやってみることにした

https://kakuyomu.jp/users/cube3d

どういう動きになるかわからないけれど、編集がものすごくしやすいのが決めてかしら。
書きやすいし見やすい……。

2015年12月17日 (木)

同人読 8

幻視コレクション 語り継がれる物語の前夜/秋山 真琴


 私も参加したアンソロジー。青いテクスチャの色が味わい深くて、良いです。ここからはネタバレありです。
 川獺右端さん「魔女を火あぶりにしないために」は、西洋中世が舞台で、改心から魔女狩りを止めるまでの流れと終わり方が明るくて、暗黒の中世みたいなイメージで暗い話かな……と読み進めたけれども違っていて、驚いたし、それでいて埃っぽさやドロっとした感じもあった。実際にニュルンベルクでは死刑執行人が根拠に欠けるとして、魔女狩りを行わず一人も死ななかったという。勉強になったし、そういった歴史と重いテーマをわかりやすく、読みやすく纏められていて、冒頭に秋山さんが持ってきた理由がとてもわかりました。
 添田健一さん「鳳翔太白山祈雨縁起」は、中華歴史ミステリーであり、龍の面子をたてつつ説得するところ等、濃密で見事な描写が満載でした。該博な知識が散りばめられていて、この方の本棚を見て圧倒されたいと思いました。すごい書斎で執筆してそう……。おー、顔真卿の逸話にこんなのあったんだと関心したし、一気に読めました。文字から中華が香り立つキレのいい文体だと思いました。
 空木春宵さん「Wish You Were Here」は、冊子の半分を占める大作。秋山さんがラストに置くのもわかります。これぞSFと言える一篇です。<塔>の式典でメールロワを全滅させる場面までと、そこからと、無意識の<ささやき>に支配された世界の感覚……その尊厳は死、死こそ尊厳というもの。素晴らしかったです。この最後の巻、秋山さんが考えに考えてベストを尽くして編集しているのが、読み終わってあらためてわかりました。
 本当に、良い本を作ってくださってありがとうございました。そして、この三名の作家と共演できたことを、本当にうれしく思いました。僕はもっと頑張らなくちゃなぁと思えました。


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